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ああいう佇まいで、もっとかっこいいアルバムを作りたかったんですよね
石野卓球をはじめ、電気グルーヴ周辺のアーティストを裏方として支え、そしてついに2008年にファースト『a day, phases』をリリースし、ひとりのアーティストして歩み出したアグラフ(agraph)こと、牛尾憲輔。その繊細で温かな音質と、エモーショナルな音楽性は各雑誌などでも高い評価を受けた。2年を経て、このたびリリースされるセカンド『equal』は、さらにその音の精密度、透明度を上げている。11月22日に開催されるリキッドルームの新パーティ〈SILENCERS〉にて、他では体感できなさそうな極上の空間にて、ライヴを披露することが決まっている。
── ファーストをリリースして、セカンドということで、そこの部分で例えばプロ根性じゃないですけどなにか変わった部分ってありますか?
牛尾前作はあったかい音を目指して、音をこもり目に作っていて、それはハラカミさんに対するあこがれだったのかなといまになって思うんですけど。今回は技術的なテーマというか、キラキラした音というか、高周波数帯の音像の作り方みたいなのを制作のときにすごく意識していて。それはピアノの多用であったり、生楽器っぽい音のサンプルの多用であったりにつながっていったと思います。
── 今回、ビル・エヴェンスをサンプリングしたりとか、他の楽曲に関してもなんとなくピアノの音色が前に出てますよね。ピアノってある意味でベタな音色で諸刃の剣という感じはあると思うんですが。
牛尾奇をてらわなくなったというか、もともと家が音楽教室でピアノをやってて、弾けるので弾いてみようかなという気持ちがあったのと、高周波数帯の響き、生楽器のアンサンブルみたいなのに挑戦しようと思ったきっかけがひとつあって。オランダ人の現代音楽家で、シメオン・テン・ホルトという人がいて、その人、アルバムを作りはじめた時期にちょうどリイシューが出ていてよく聴いてたんですよ。ピアノ6台でやる“Canto Ostinato”という曲があるんですけど。それを聴いて、ミニマルで、そのピアノが折り重なっていく響きというのに感銘を受けて。そういう生の楽器で高いところも含めてちゃんと響いてるというのを作りたかったんですよね。とくにアルバムの最初の3曲は、生楽器のアンサンブルで叙情的な波を作って、響きがあるように作りたかったという感じですかね。もともとライヒがすごく好きだったり、現代音楽を良く聴いてたりとか。ファーストで、持っていたそういう部分がたまたま出なかったのかなと思いますね。
── いまの頭でファーストを聴き直してみることってありますか?
牛尾ありますよ。今回は比較対象としてのファーストがあったので、それに対してどうするのかっていう選択をせまられたときに聴くことあるんですけど。「やっぱりハラカミさん好きなんだなぁ」というのと、やっぱりいま聴くとつたない部分もあるので、その部分では成長したかなと思って、そいういう意味ではやれることはまだあるんだなって確認したり。
── そこで気づいて「こういうことやりたい」って思ったこともあります?
牛尾ありますね。作品を作る上で、そんなに大事なことではないんですが、実はファーストはクラブ・ミュージック・マナーで作られてるところがあって。
── 具体的にどのへんが?
牛尾キックが全然ない曲なんだけど、オールドスクールのエレクトロ・ビートみたいなものとか、イーヴン・キックだったりBPMだったり、ビートの基軸みたいなのがあって、それをベースに作り込んでいく感じというか。今回はピアノを弾いてて作りはじめたり、現代音楽とかIDMとかを好きな自分というのを、もっと素直に出してるのかなとは思いますね。それはなにか大きな事件があって素直にできるようになれたというわけではなくて。はじめからファーストの2を作るつもりはなくて、でもダンス・ミュージックになったみたいな大きな変化があったわけでもないんだけど、ある一定の範囲内でステップ・アップしたいと思ってて、そういう感じで思いついた「次はどうしよう」のひとつという感じですね。
── 本作の制作期間は?
牛尾まるまる2年ですね。ファーストがリリースされる直前から作りはじめて。技術的な要素とコンセプティヴな柱が揃わなかったので、それを探しつつ、勉強になる習作をどんどん作り込んでいってという感じですね。そのうち、自分の精神的なコンセプトと技術の両輪がまわりだしたら、ちょうど1曲目と2曲目ができてきたので。
── この2曲がアルバム制作の鍵なんですね。
牛尾特に1曲目は、アルバム全体のコンセプトを内包できた感じがして。これがあれば演繹的にアルバムが作れるかなと思って。
── 前から思ってたんですけど、アグラフの音って、ただ美しい音がそこで鳴っているというより、基本的にメランコリックで、エモーショナルなものじゃないですか? そこってなにかあると思います?
牛尾そこはね、自分でも考えるんですけど、よくわからなくて……。
── 人によって感じ方はそれぞれかもしれませんが、こういうサウンドでも、単純に音として美しくてもエモーショナルな感覚がないものってあるじゃないですか?
牛尾その理由なんですが、ひとつはTMNとアクセスだと思うんですよ。これは小学校のときに影響を受けたアーティストということなんですけど、普通と違うコード感覚で。これがもっと複雑になると坂本龍一さん、もっと言うとドビッシューの複雑さっていうのがあって、それが僕の手癖に染み込んでいるのかなと思ってて。それがひとつと、ふたつめは僕らの世代って、エヴァンゲリオンがあって“セカイ系”ってくくられるようなカルチャーがあったじゃないですか? あの閉塞した感というか、夕焼けを格好良く描いてしまう感じというか、アレがあるのかなと。音符の選び方に影響しているのかなと思うんですけど。どうなんでしょうね? もっと格好良いこと言いたいですけど(笑)。あとは何度も言いますが、こういう音に関して言うと、ハラカミさんの影響がでかかったのかなと。やっぱり、いろんなCDを聴きながらも、高校生のときとかは卓球さんとハラカミさんのCDは常に聴いているという状況だったのでやっぱり影響でかかったなぁと。
── さっき、ファーストには構造的にダンス・ミュージックのフォーマットが残ってるという話でしたが、例えばそっちに振り切れるというような考えは浮かばなかった?
牛尾それも考えましたけど、ファーストから大きく変わってないのは、この方向性でやれてないことがまだまだ一杯あるなと思ってて。それをやりたかったんですよね。ああいう佇まいで、もっとかっこいいアルバムを作りたかったんですよね。だから次は歌を入れるか、フロアものにするか悩んでるんですよね。
── 今回はミトさん(クラムボン)の参加や砂原さんがマスタリングとか、ファーストとのひとつの大きな違いは、人の手が加わっているところだと思うんですけど。
牛尾まず、最初にお願いしたのがミトさんなんですよ。篠原ともえさんに紹介してもらって仲良くなって、『2010』を聴かせてもらったら、生楽器のアンサンブルのうまい響かせ方をやってらしゃってて。最初の曲、“lib”は構成が豊かだったり、ハイエンドのキラキラした音がうまく出せるメロディラインだったり、もっと多くの人に聴いてもらえる要素があるのかなと思って。だったら、そういう表現ができる人に、違う視点から磨いてもらったりしたほうがもっと多様性とか人に聴いてもらえる強度が出るんじゃないかなと思って頼んだんですよ。もちろんそれは成功して。自分のやりたいことを研ぎすますためにやった選択という感じですね。
── 砂原さんは?
牛尾マスタリング・エンジニアをそろそろ決めなきゃというタイミングで、たまたまキューンにいたら、まりんさんも取材かなにかでいらっしゃってて。「決めかねてる」ってその話になって、そしたまりんさんが「マスタリングによって、どう音が変わるのか意識した方が良いから、1曲俺に送ってごらんよ。俺が試しにやってみるから。それ聴いて、曲ってこんな風に変わる可能性があるんだっていうのを考えて選びな」って。それがすごい良かったので「まりんさん……これ、まりんさんに全曲お願いできますか?」ってなって(笑)。アレンジの途中のデモの段階で渡したらキックが入って返ってきて、マスタリングなのに(笑)。それがまた良かったんで、そのキックのトラックをいただいてアレンジを再スタートさせたり。マスタリングって、できあがったものをスタジオに持って行って、一緒にその場で触って終わりという感じなんですけど、まりんさんの場合はあがる一週間前に渡したんですけど、やっぱり同じアーティストの方なんでこちらの意図とかを汲んでいただいて「こういう流れでこういう意図だろうから、こうしよう」とかいろいろやり取りをしていって作れたので、すごく楽しく、満足度の高い仕事ができました。