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JAMES BLAKE

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UKベース・カルチャーから生まれ出た未来の音楽

 ステージの上、完璧なライティングに照らされた3人が演奏をはじめる。会場の下方を隅々までを埋め尽くしたのはベースラインの振動、ハイハットやスネア、シンセ、そして歌が中空を舞った。

 多方面で話題を集め、いわゆるポスト・ダブステップには収まらないサウンドでロック・ファンなどにも大きな注目を集めているジェイムス・ブレイク。そんな彼の初来日とあってLIQUIDROOMは、そのサウンドを体験しようと集まった人々で超満員であった。

 まずはフロント・アクトのCatherine Okada。ジェイムスの紹介で今回の出演となったロンドンのアーティストのようだ。ギター1本を携えて登場し、素朴なフォーク・ソングを。30分ほどの演奏で、ジェイムスの出演を待つ、緊張感漂うフロアをリラックスさせるように穏やかな空気感を作り出していた。

 20分ほどの転換でジェイムスが登場。キーボードでの演奏とともに、最新EPのタイトル・トラック“イナフ・サンダー”の、彼の歌声で幕を開けた。彼が声を絞り出したその瞬間から、その音に引込まれていった。そしてドラマーと、ベース/ギター/キーボードなどを担当する2人のメンバーを呼び込むとアルバムの冒頭のトラック“アンラック”を。ときには女性、そしてときには少年のような危うい魅力を持った歌声がしなやかに電子音と共に会場を包む。完璧に楽曲にシンクロしたライティング、そしてダブミックス、それらを司るエンジニアたちは第4、第5のメンバーと言ってもこの日は過言ではないだろう。
 正直、この曲が終わるくらいには、自分は涙が出そうなほどそのサウンドに打ちのめされていた。
 作品とそのライヴを比べたときに圧倒的に印象的であったのは、作品では少々伝わり辛かった、そのサウンドが持つ肉体的な快楽性だ。それは巨大なサウンドシステムで増幅されたリズムの快楽、そしてなによりも低音の快楽と言えるだろう。60年代ジャマイカ系移民たちのサウンドシステム・カルチャーによって持ち込まれて以来、UKの音楽シーンに脈々と存在するベース・ミュージック・カルチャーの血脈がそこには存在していた。ライヴでは、その脈々と続くベース・カルチャーの系譜に、自らの音楽の、その出自を持つことを高らかに表明しているかのような、“それ”を主張する瞬間はライヴ中、多く見受けられた。
 なによりも“それ”を絶えず主張していたのは会場を埋め尽くした野太いベースラインだろう。ビリビリと床と空気を伝って腰から鼻や脳へと抜けていくような強烈な振動をスピーカーから会場へと発していた。
 中盤、さらに色濃く“それ”を反映する部分があった。スマッシュ・ヒットとなったトラック“CMYK”あたりから爆発する。彼の初期のアナログ・シングル単位の作品の流れのダンサブルな楽曲ではあるが、この日のアレンジはさらに激しく、ジャングルのリズムを想起させる獰猛なリズムへとアレンジされていた。そして、彼をスターダムに押し上げたファイストのカヴァー“リミット・トゥ・ユア・ラヴ”である。これがすさまじかった。中盤から後半にいたっては、ほぼルーツ・ダブと言ってもいいステッパー・アレンジで会場を揺らした。まさにそれは、自身の音楽がUKベース・カルチャーの歴史から生まれた、その未来の音楽であるということを体現しているかのようでもあった。
 本編最後の“ザ・ウィルヘルム・スクリーム”まで、もちろんその主張は続く。アルバムや作品の世界観を壊さずに、彼が生み出した新しいスタイルのシンガー・ソング・ライターであることを崩さずにだ。
 彼は、ある種の日常から離れた異空間を作り出す強烈なベースラインを司る魔術師でもありながら、美しい歌声を持つ吟遊詩人でもあるのだ。

 本編後、そんな彼のふたつの魅力を象徴するかのようなアンコールがそれぞれ披露され、この日は終演となった。どちらも、彼の音楽が生まれた背景や趣向を考えれば、しびれるようなカヴァーだ。1曲目はダブステップのオリジネイター、ディジタル・ミスティックスのマーラによる“Anti-War Dub”のカヴァー。これはまだまだアンダーグラウンドであった5年ほど前のダブステップ・シーンにおいて、アンセムとしてシーンを揺らしていた楽曲だ。その時期のシーンというのはジェイムス自身がダブステップのパーティに出向き、自分の表現としてなにかをつかんだ頃なのではないだろうか。この曲をカヴァーするというのは、アンダーグラウンドなダブステップ・シーンへの敬意、もしくは現在では多くのマスなロック・メディアからも賞賛される彼が、そんなシーンに見向きもしないメディアに対して、その出自を宣言し、主張しているものととれなくもない。そして最後は彼が敬愛するジョニ・ミッチェルの“ア・ケイス・オブ・ユー”のカヴァー。こちらはソロでのしっとりとした演奏となった。そう、もちろんこちらは美しい歌声を持つ才能豊かなシンガーとしての魅力に満ちあふれたものだ。

 新しい音楽の息吹、エネルギー、そして彼の計知れない才能を感じた刺激的なライヴであった。(河村祐介)

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