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S8102

『S8102』

SAUCE81 & SHING02

[label: Exploratorium/2018]

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果敢な旅人たちの物語

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text by 小川智宏

昨年末に突如ドロップされた、プロデューサー/DJのSauce81とShing02によるアルバム。年号、もしくは何かのコードネームのようなタイトル(サン=テグジュペリ『星の王子さま』に登場する王子さまの故郷の小惑星「B612」的ネーミングでもある)は宇宙船の名前。その宇宙船S8102号に乗ったクルーたちが惑星ユーフォリアを目指す、はるか未来と広大な宇宙を舞台にした一大ヒップホップ・スペース・オペラだ。

 

 2014年にShing02が監督したショートムービー『BUSTIN’』にSauce81が楽曲提供をしたことがきっかけで生まれたという今回のコラボレーション。生音の質感にどこか懐かしい感覚を宿らせながらもキレのあるビートでシーンの最前線を切り開くビートマエストロと、ラッパーという以前にまずストーリーテラー/詩人として稀代のセンスをもつ言葉の表現者。そのふたつの才能がタッグを組んだとき、産み落とされたのは単なるコンセプトアルバムという枠を超えた、ひとつの宇宙だった。

 

 スクラッチ満載でちょっとノスタルジックな1曲目「Mission Statement」から、ときに饒舌に、ときに深遠に、あらゆるタッチを駆使して世界を構築していくSauce81のトラックの上で、Shing02は自由自在に物語をつなぎ合わせていく。曲を追うごとに進行する大きなストーリーの流れはあるとはいえ、そこで語られているテーマやその文体はさまざまだ。センチメンタルでメロウな側面を覗かせたかと思えば、次の瞬間には攻撃的に現代の人間のあり方に斬り込む——まるで宇宙の片隅を漂流し続けるかのように、その思考と言葉は拡散し続ける。「Dreamcast」のヒプノティックな心地よさ、「The Crux」のハードな緊張感、そして9曲目で目的地の惑星ユーフォリアにたどり着いたあとは、まるで意識そのものが発散するような別世界の感覚に襲われる。

 

 しかしアルバムを通して聴き終えると、その「拡散する」ということ自体がふたりによるある種のステイトメントなのではないかということに思い至る。言葉を変えるなら、「外」へ「先」へと向かい続ける「自由な」思考と表現のベクトルこそが、このコラボレーションプロジェクトのテーマなのだ。言うまでもなく、Sauce81もShing02も果敢な越境者である。ジャンルや国境、表現の方法から売り方まで、既成概念の壁を壊し、領域と可能性を拡大する。その広がり続けるふたつの円が交わった地点で生まれたのがこの『S8102』であると考えたとき、自ずとその意義やメッセージが浮かび上がってくる。先述の『BUSTIN’』が法規制にNOを突きつけつつ「踊る自由」を描いた作品だったことを思い起こせば、彼らの表現する「自由」がいかに切実で批評的なものであるかがわかるだろう。

 

 Madeleine Brossierとのデュエットも麗しいラストトラック「Bring Me Home (S8102 Ver.)」はストーリーのエンドロールにふさわしい大団円感をもった楽曲だが、そのタイトルどおり宇宙の果てから故郷の地球を思うというあまりにも切ない内容。いかにロマンティックでクールであろうとも、はるか遠くを目指して地球を飛び出したクルーたちの旅は命を懸けたものなのだということを最後の最後に思い知らされると同時に、この作品が決して架空の戯曲などではないということを物語っているように思える。

 すでに配信されているアルバムだが、3月20日にCDでのリリースも決定。ブックレットを読みながら、じっくり聴き直したい。

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