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Chime

『Chime』

sumika

[label: SMR/2019]

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「ポップ」に宿る意志

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text by 小川智宏

 ロックバンドにとってポップであるとはどういうことか、と考えたときに、今いちばんに名前が思い浮かぶのは、僕にとってはこのバンドだ。今、ポップであることにもっとも自覚的な覚悟と意志をもったロックバンド。それがsumikaである。

 

 ディスコグラフィをさかのぼって聴き直せばきっと誰もが感じるはずだが、ある時期を境にsumikaの音楽は彩度と解像度を高めてきた。具体的にいうと2016年にリリースされたシングル『Lovers/伝言歌』とミニアルバム『アンサーパレード』である。それ以前のsumikaの楽曲は、現在にいたるも代表曲のひとつである「雨天決行」しかり「ふっかつのじゅもん」しかり、彼ら自身(とりわけ歌詞を書いているヴォーカルの片岡健太自身)が主語だったといっていい。「俺がどうするか」「俺がどう思うか」「俺が」……片岡の詩人としてのセンスとバンドアンサンブルのアイディアはその当時から光っていたが、その意味で、sumikaはとてもオーソドックスなロックバンドだった。

 

 しかし「Lovers」はまったく違っていた。結婚をモチーフにしたこの曲は、徹頭徹尾に「あなた」との一対一の関係性において歌われている。「あなたにどうしてほしいか」「あなたとどうなりたいか」「あなたにどうあってもらいたいか」……他者を写し鏡にして自己を描くのではなく、他者に反射することで自己が変わっていく、そのことを怖れなくなった片岡の姿がそこにはあった。

 

 これまたファンであれば誰でも知っていることだが、その前年、2015年にsumikaは片岡の体調の問題で一時ライヴ活動を休止している。片岡の復帰を経てリリースされたのが上記の作品たちだ。その年の3月に開催されたその名も「Re:birth Tour」と題されたツアーのファイナル、リキッドルームでのワンマンライヴで片岡がぼろぼろ泣きながら語っていた言葉が今も記憶に残っている。彼は「(体調不良で声が出なくなり)辞めようかとも思ったけど、そのたびにライヴのときのみんなの顔が浮かんだ」と語っていた。「みんな」というのはライヴに集まったファン/オーディエンスのことだ。そのファンたちのことを片岡は「Lovers」と呼んでいた。この時、片岡は初めて「みんな」のために歌うことを決め、それが率直に曲になったのが「Lovers」だったのだと思う。それがsumikaがポップである理由、そしてますますポップになっていく意志の始まりである。

 

 2作目のフルアルバムとなる本作は、そのバンドとしての意志がさらに大きなスケールに進化を遂げたことを示す1枚だ。多彩な喜怒哀楽を様々なシチュエーションに託して歌いながら、片岡の言葉と声はすべてを聴き手に対して明け広げてくる。ジャンルを超えた音楽的冒険も躊躇なく詰め込み、人生のありとあらゆる場面で寄り添える、本当の意味でのポピュラー・ミュージックとしての幅と深さを追求している。とりわけ、最後に収録された「Familia」。「君」と「家族になりたい」とプロポーズするこの曲は、いわば「Lovers」の続編だ。恋人の距離でも物足りず、もっとあなたのものになりたいと、この曲で片岡は歌っているのだ。それは取りも直さず、バンドとファンの関係性をそういうものにしたいというsumikaの願いでもある。それがsumikaの考えるポップであり、いうまでもなくそれはとてもラディカルで、巷に溢れる「ポップ」の定義とはまったく様相の違う強烈なありようだ。それができるロックバンドは、このバンドをおいてほかにいない。

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