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The Slow Rush

『The Slow Rush』

Tame Impala

[label: Caroline International/2020]

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孤独な時間と、そのあと

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text by 小川智宏

去年の4月にリリースした新曲「Patience」を「Has it really been that long?(そんなに長かったかい?)」というラインで始めるまで、4年。前作『Currents』世界的ブレイクスルーを果たしたTame Imparaの頭脳ケヴィン・パーカーは加速/拡大し続ける状況と自身の内側にある孤独、その両方を視界に収めながら次作に向けたクリエイションを続けてきた。

 

昨年5月の『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューで彼は「音楽は常に僕にとって孤独で、激しく個人的な体験だった。1万人を前にしてもそういう経験ができるとは思ってもみなかった」と語っているが、オーストラリアの若年寄サイケバンド(と当初は目されていた)から、リアーナからトラヴィス・スコットまで名だたるスターから指名される時代の寵児への変貌、そして音楽的にもサイケという枠組みからはみ出してロックフェスで巨大なユニティを生み出すビッグ・バンドへとダイナミックな変化を遂げた軌跡は、言い換えればケヴィンが自身の内側にある「孤独」を人々と共有し爆発させるという物語だったのかもしれない。

 

その狂騒の先で、Tame Imparaは何を鳴らすのか。つまりそれがこの『The Slow Rush』である。ケヴィンいわく「時の流れを表現した」というこのアルバムから感じるフィーリングは、一言でいえば「穏やかさ」のようなものだ。『Currents』のようなブレイクアウト作を作ったあとにダウナーなモードに入るというのはよくある話で、そういうモードの中で生まれた作品に傑作が多いというのもまた事実だが、この『The Slow Rush』は間違いなく傑作ではあるものの、決してダウナーなカウンター・アルバムではない。ちゃんと『Currents』のTame Imparaを引き受け、持続させるアルバムだ。しかし一方でこれは、きわめて個人的でセンチメンタルなアルバムでもある。そのふたつの側面が、このアルバムに独特の緊張感をもたらしている。まるで家に帰ってきて、仕事のことを頭の中から追い出せないままにソファに寝転がる、あのときの気分。公的な自分と私的な自分がないまぜになった、あの疲れているのかリラックスしているのかよくわからない時間。『The Slow Rush』とは、たとえばそんな時間のことなのかもしれない。もっとも、ケヴィン・パーカーの場合はそんな時間が数年単位で続いてきたわけだが。

 

サウンドの面では前作のポップでダンサブルな性格を残しつつも、頭の中のカオスをそのまま表現したようなエディットだったり密室感のある音像だったり、パーソナルな匂いが強く漂っている。ケヴィンは「曲は頭の中でジャムって作る」というようなことを言っていたが、わりとそれをそのまま皿に載せて出してきたという感じがする。そしてそのいずれもが、たとえ(「Posthumous Forgiveness」のような)ダークな曲であってもどこかカジュアルな響きをもって届いてくるのは、やはりケヴィン・パーカーが「ひとり」であることに喜びを感じているからだろうか。

 

冒頭の「One More Year」における「あと1年だけ、自分のためだけに生きたい」という心情から始まり、自分の内面をひとつひとつ覗いていくような楽曲が並ぶ。最後はシングルの「I Might Be Time」と「ただ全部手放したい」というフレーズが超アッパーなハウスミュージックに乗せてリフレインする「Glimmer」を経て、「できるだけ長くひとりで時間を費やせ、自分が誰か覚えていろ」という7分超えのヘヴィ・サイケ「One More Hour」へ。穏やかななかで感情の起伏を辿ってきた『The Slow Rush』は、再び混沌とした狂騒のなかに還っていく。またドアを開けて外に出る時がやってくるのだ。

 

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