FEATURE

REVIEW

Man Alive!

『Man Alive!』

King Krule

[label: XL Recordings/2020]

Amazon

哀しみから怒りへ、そしてその先

twitter facebook

text by 小川智宏

1曲目「Cellular」がまるで昔のヴェンダースのロード・ムービーのような気だるいイントロから、まるでウソみたいに軽いリズムマシンのビートとリヴァービーなギターのループへと流れ込んでいく瞬間、そしてさらにアウトロでその向こうからくぐもったようなサックスの音が聞こえてきた瞬間、このアルバムが前作『The Ooz』(まで)とは違った様相をもった作品であることがわかる。1曲目とは打って変わって闇の底からの叫びのようなダブステップ・チューン「Supermarché」、トラップ・ビートを取り入れてヴィヴィッドなサウンドを描き出しながらも全体としてはますますダークに潜っていく3曲目「Stoned Again」……その音から吐き出されてくる激しいエモーションのざらざらとした「熱さ」に、ちょっと呆気にとられたような気分になる。

 

2013年にKing Kruleとしてアルバムデビューして以来、いや、それ以前にZoo Kidという名前で音楽をやっていた当初から、彼の表現の根底にあるのは、どちらかといえば失望や哀しみであり続けてきたように思う。何を嘆き、何を哀れんでいるのか、具体的にはわからない曲も多いけれど、その声の生来の雰囲気や彼自身の表情も相まって、King Kruleの音楽には常に哀しみがまとわりついてきた。音楽のスタイルの斬新さやルーツに対する素養の高さ、あるいは作曲や演奏の技術なんてものではなく、彼の表現を唯一無二にしてきたのはその拭いきれない「哀しみ」だったのだ。

 

その「哀しみ」の正体にはっきりと向き合ったのが、前作『The OOZ』だった。その正体とはつまり世界と自分との「遠さ」であり、片やポップミュージックに対する強い憧れと共感をもちながらもそれを破壊したい衝動にも駆られている表現者としての自分自身であり、そこから生まれてくる音楽のある種の孤独さのようなもの。最初は自覚すらなかったかもしれないその「哀しみ」はキャリアを積んでくるなかでますます大きく膨れ上がり、やがて大きな苦しみへと姿を変える。その苦しみのさなかで生み出されたのが『The OOZ』だったのだ。今にして思えば、ジャズやブルースの要素が強く出た音楽性やどこか穏やかにすら聞こえる歌は、まるでとてつもない失望に襲われた彼自身に対するセラピーのようにすら聞こえるし、自分自身を取り戻すための試行錯誤の痕のようにも思える。

 

そのリアルな傷の痕が、このアルバムを特別なものにした。アートフォームとしてのおもしろさやオリジナリティにおいてではなく、彼自身の苦しみと悩みにおいて、King Kruleは格段に大きな支持と注目を集めるようになった。アーティストやミュージシャンの口から彼の名前が出てくることが増えたのも、彼自身が表現者としての苦悩と孤独をあからさまに吐き出したからなのだろうと思う。

 

とはいえ、『The OOZ』によって彼の苦悩が一切解消されたかといえばもちろんそんなことはなかった。むしろ、あのアルバムを経験したことで彼の苦しみは次のフェーズへと進行したともいえる。この『Man Alive!』を聴くとそう思う。「Alive!」とエクスクラメーション・マーク入りで叫ぶタイトルの気分がとてもしっくり来るのだが、このアルバムを貫いているのは冒頭にも書いた、開き直りか逆ギレのようなざらついたエモーションである。今作の彼は、現実との齟齬を前に哀しむのではなく怒りを爆発させる。時代や世代の閉塞感を全部背負い込んだようだった彼の歌声は、歌われている内容こそ変わらず悲観的ではあるものの、ハリがあって尖っている。前作とは打って変わって、彼は怒りにも似た思いで現実を告発していくのだ。

 

しかし、哀しみと違い怒りは長くは続かない。アルバムのトーンは、後半に進むにつれて少しずつ変わっていく。怒りが去ったあとの空虚を埋める何かを探し求めるように、彼は街をさまよい始めるのだ。そして最後にたどり着くのは「Please complete me」……つまり自分の心を埋めてくれる愛、である。それが問題の解決なのか、それとも棚上げなのか、あるいは次なる問題の始まりなのか。それはまだわからないが、ここからKing Kruleはさらに変わっていく、その過渡期性こそがこのアルバムの本質なのではないかという気がする。

RECENT REVIEW

REVIEW TOP

RECENT REVIEW

REVIEW TOP